「椰子の音色が響く」 第二話 異国の孤独
4月21日

リレー小説「椰子の音色が響く」 第二話 異国の孤独

作:ふみもりゆた

リレー2

「セックスをしている時間は、その男との出会いから別れまでの時間の縮図のようなものだ」

 イズミはそのようなゆるぎない信念を持って生きていた。セックスで刺激的な時間を過ごせた場合、セックス以外の時間でも得るものが多く楽しい男性が多い。逆に、いっしょにいて退屈な人はセックスもとことん退屈だ。セックスの翌朝、気持ちよく別れることができれば、ふたりの関係が終わるときもあと腐れなく、石鹸の残り香が漂いそうなくらいさわやかに「さよなら」することができる。若く、何事にも一途な少女は自分で決めた法則を疑うことがなかった。

「デートをすればセックスして満足できるかどうかわかる。セックスをすれば今後の関係も見える」

 それが、イズミが24年間で複数の男性と関係を持つなかで導き出したひとつの、おそらくは大きく間違っている悟りである。

 そしてこの定義にあてはめると、さきほどの日本人男子が私の今後の人生に何かしらの影響を与える可能性は皆無だ、とイズミは確信する。宿での日本人男子との2時間(酒を飲みながら情報収集40分、男が突然入眠~起床1時間、セックス20分)は、無駄な時間と認めるしかなかった。

 あの日本人男子……。たぶん、年は同じくらいか少し年下だろう。社会人には見えないから大学生か。昨夜の飲み会で飲んだ量を自慢しながら学食でいつもトランプをしていそうな感じだった。メガネをかけていて、少しパーマがかった髪は天然のくせっ毛なのか意図的なものなのか、判断しかねる。文系オタクで、お笑いサークル所属かもしれない。大学生ではなくて、売れないバンドマンのようにも見える。世界中を周る旅人が共通してまとっている、異文化をただ受け入れようとする懐の深さみたいなオーラは持ち合わせておらず、イズミには自分と同じ「ふつうの日本人旅行者」のように見えた。名前はなんだったか。忘れてしまったくらいだから、リョウとかトモとかそういうどこにでもいそうな名前に違いない。

「あの天パやろう……」

 イズミは毒づく。

「ゴーゴーバーに詳しいって、日本人向け風俗情報誌を持ってただけじゃん。『バンコクの風俗事情ならなんでも知っている』って、連れの日本人の若者相手に豪語してたからパブで声をかけて、ホテルまで行ったというのに……」

 ホテルに入って早々にケンが「使える情報を持ち合わせていない」ことがわかったためイズミが帰ろうとした途端、ケンはいびきをかいて寝てしまった。

 仕方がなくイズミはケンが持っている『夜のバンコク』という日本人向け風俗情報誌を手に取った。ピンクと黒の組み合わせがいかにも卑猥な印象を与える表紙だ。読み始めると、風俗ガイドだけではなく「タイ女性NG大全」などマメ知識も随所に盛り込まれていて意外とおもしろい。

 本のなかで、「タイ人女性が本気で恋をしたときの束縛ぶりは尋常ではない。彼氏が外出しないよう外側から南京錠をかけるタニヤ嬢もいる」という記述を見つける。まさかお兄ちゃん……嫉妬深い女に軟禁されているんじゃないの。お兄ちゃんってたぶん私と同じで束縛されるの好きじゃないから、精神的にも体力的にも超参っているんじゃ……。

 イズミが青ざめている横で、ケンが目を覚ましてごそごそと動き出した。そして「なんでオレここにいるんだっけ……? この女誰だ? 忘れちゃったけど、とりあえず触っておくか」というわかりやすい表情を浮かべ、イズミの心中知らず胸をもみ始めたというわけだ。

 ケンが腰を降る姿を見て、イズミは、電車の中で一心不乱にクロスワードパズルを解いているおばさんを見ているような感じがした。自分は見ている対象物に何の感情も抱いていないはずなのに、なんとなくさびしいような心苦しいような感じ。

 さきほどの時間で、唯一の収穫といえば、バンコクのラブホテルには「トッケー」がいることがわかったくらいだ、とイズミは思う。実はトッケーのなかに監視カメラが隠されていて、セックスを録画されていたら……と最中にイズミは想像してみたけれど、自分の細い体と無反応と、正常位でただ突いているだけのセックスを見たってなんにもおもしろくないわねきっと、と思ったら笑いが込みあげていた。

 イズミにトッケーを教えてくれたのはイズミの兄だった。

「バンコクには恐竜がいるんだよ」
「恐竜? ジュラシックパークみたいな?」
「もっとデフォルメされててかわいいやつ」
「映画より現実のほうがデフォルメされてるの?」
「そういえば、バンコクで見る光景は基本的に現実感がうすいかもしれない。イズミはいつもするどい」
「へぇ。そんな景色見てみたいな」
「イズミがこっちの屋台で飯食ってる姿なんて想像つかないな」

 イズミの兄は、1年前にバンコクに旅行に行ったきり戻ってこなかった。日本では美容師としてこじんまりとしてセンスの良い個人経営のヘアサロンに勤務していたが、店長が元ヒッピーで寛容だったため、店員が旅行から帰ってこなくても特にトラブルもなく「休暇扱い」として処理されている。

 新宿・歌舞伎町でスナックを経営しているイズミの母も、息子が海外から戻ってこないくらいでは動揺せず「ゲイに目覚めたんだよ、きっと。あっちでは日本の同じレベルの整形手術が格安でできるらしいから、私も今度行って豊胸してこようかしら」などと言っている。

 イズミの父親には、イズミは会ったことがない。母親によると父親は「宇宙飛行士になるため訓練中」だという。母親と離婚しているのかどうか、生きているのかどうかも定かではないが、母親がたまに話す口ぶりから察すると、そんなに悪い人ではないように思う。少なくともイズミの母親にとっては。

「もう少しここにいたいから滞在期間を延ばすことにした」とイズミ兄からイズミに連絡があったのは約1年前だ。その後3か月くらいは「米を手で上手に食えるようになった」「野良犬の攻略法がわかった」「ゾウ使いと友達になってゾウの操り方を身につけた」など、近況報告のメールがイズミに届いた。市街地だけではなく、海や山にもよく出かけているようで、メールに添付されている異国の自然風景をパソコンの画面上で見るたびにイズミは息を呑み、見とれ、兄の暮らす地へ憧れを抱くようになっていた。

「ゴーゴーバーの人から、働かないかと言われてるからたぶん明日から働くと思う」

 ある日、イズミは兄からこのメールを受け取る。ゴーゴーバーに関しては兄のメールでも今まで何度か登場しているから知識はあった。でも、働くってどういうこと? まさかフロアレディとして? でも、「ゴーゴーバーで働く」といえばそういうことだよね。あるいは、ボーイ的な役割として働くってこと? 疑問を返信するものの、この日以来兄からのメールは途絶えた。

 そして、イズミは「バンコクのゴーゴーバーで働いている……かもしれない」という情報だけを頼りに、兄を捜索するためにバンコクへやって来た。

 お兄ちゃん、いま私バンコクにいるよ。お兄ちゃんを探していて、情報を持っていそうな日本人とうっかりセックスしちゃったよ。

 イズミが腕時計を見ると、午前3時を指している。通りではオープンレストランや出店が立ち並び、欧米人やタイ人の若者でごった返している。

 石原さんが都知事に就任する前の新宿歌舞伎町も、通じる雰囲気あったよな、とイズミは思い出す。その頃イズミは中学生だったが、よく兄と一緒に母親のスナックに行って遊んでいた。歌舞伎町ではあらゆる顔をした、同じような服を着た人たちがテカテカ光る店の前でしゃべったり酔いつぶれたりしていた。あの頃は男女問わずいろんな知らない人がイズミに話しかけていたが、今では出会い喫茶の客引きくらいにしか声をかけられなくなった。「歌舞伎町は歩きやすくなったものの、少し淋しい」とイズミは感じる。

 ふと、通りの向かいの洋服屋の軒先に寝そべる野良犬と目が合うものの、あっさり逸らされる。

「そんなにそっけない態度を取らなくてもいいじゃん……」

 今日の収穫はゼロか……。イズミは、急に不安になる。

 色とりどりの光に視界がクラクラする。なんでお兄ちゃんはこの街に来たんだろう。こんなわい雑でわけわかんないところで、お兄ちゃんは見つかるの? っていうか、ホテルってどっちだったっけ……。あぁ……。さっきの天パにせめて道を聞いとけばよかった。でも、弱みを見せたくなんかなかったし。

 微笑みと希望の国でイズミは立ち尽くしていた。

つづく

次の書き手は小林ていじです。

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夜のバンコクマップ&ガイド2012~2013

ライター:ふみもりゆた

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